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2014年01月27日

言語学習の不可逆性 自立こそ鍵

言語とは不思議なものです。

一旦身に付け始め、上達すれば上達するほど

どうやって覚えてったのか忘れてしまう

ということです。

いわば、言語は不可逆性を備えていると言えるでしょう。変化が起こると、どんな条件を加えても元の状態に戻らない感じなのです。


例えばリーディング。

私の個人的な体験だけで恐縮ですが、英検1級の勉強を始めた頃はかなり苦労しながら頭がキューってなるくらい考えながら慎重に読み取ってしかも間違えていましたが、学習が進み特に事前に特別な勉強しなくとも満点を取れるようになってくると、

一体何に苦戦していたのか思い出せない

のです。ネイティブの英語講師が細かい部分の説明についてはあまり頼りにならないわけです。
自然にわかってしまう状態の人にとっては、わからない人のわからない部分が非常にわかりづらいのが言語なのです。元々英語が超苦手だった私ですらこの有り様ですし。目や耳に入ってくる時点で意味のかたまりになっているため、それを逆にわからない状態に戻すという行為は非常にやっかいです。

というのも、言語とはコンピューターのOSのような感じで、事細かに様々な回路のつながりで初めて言葉が脳内に「意味」として認識されるからです。

これらの回路を一つひとつ緻密に分析して初めて、障害となっている個所が見えるのです。言語におけるつまづきを探し出すことは、プログラムのバグを探す行為の遥か上を行く細かな作業なのです。一般人がPCを分解して半田ごてで回路をカットしたり繋いで行ったりするレベルでしょう。

だからこそ一つの大切な事実が判明します。


言語とは結局は自分なのです。


自分で自分をじっくりと分析できない限りは外国語は身に付かないようなのです。
この事実は見逃されがちですが、なぜ日本の学生が英語が身に付かないかの原因の一つとして非常に大事なものです。

日本の学校というのは家畜養成所の人間版といってしまってもいいような場所なので、とにかく学生は優秀であるためには指示を待ち、指示されたことを守って、やるべき期限を守って、ポイントと知識を積み重ねる場所なのです。

甘えの学習スタイルの完成です。

こういう場所では知識は増やせても、それを使う方法は身に付きません。そもそも何のために知識を増やしているのかさえ考えないで知識を増やしている/増やされている人も多いのが現実です。

もっと悪いことに、教えている人間側すら、受験という人参以外にいったい何のために知識を増やさせているのかすらあまり意識していない場合もある始末です。信じられない話ですが、学校がそういう行為を推奨している場合すらある地獄のような場所もあるのです。


英語教育を変えるのではなく、教育を変えなければなりません。
自立を支援する教育というコンセンサスが築けない場所での教育は、特に自立こそ鍵である言語教育は必ず失敗します。

こ:何のために文法を学ぶの?
お:そりゃ言葉を作るためにそれを使うから。
こ:オトナの言うその使うっていつ?どこで?

空白

お:せ、世界を知るための、きょ、教養として英語はた、大切だから・・・
こ:センセイアナタは教養を強要するってこと?

空白


こういった子どものごく自然な考えにどんな答えを出せるかで、若くして自立できるか否かが決まる気がします。ここでゴリ押ししたり、寄り添ったりするからいつまでも甘えの学習スタイルを身に付けてしまい、飛んでるつもりでいたのがのちの人生で自力で飛べずに墜落する人が多発するのです。


言語学習の不可逆性から、言語学習には自立こそ鍵と言えるでしょう。

「大量」、「繰り返し」、「継続」。これらの言語学習三大要素に

「自立」

を加えましょう。 |ランキングへ 人気ブログランキングへにほんブログ村 英語ブログへTREview
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タグ:学習法
posted by yozamruai at 23:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 英語学習>学習法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2014年01月26日

英検値上げです!

英検が値上げをするそうです!!

各級で500〜1000円近くあがるようです。

むしろ値下げだろ!!!ドーシタ日本?旺文社さん??

5級はタダにしたほうがいいって。何の意味もない試験なんだから。


まさかアベノミクスとかいうので物価が上がってとか?

トリクルダウンの恩恵がまったくダウンしてこない庶民をこれ以上苦しめないで。 |ランキングへ 人気ブログランキングへにほんブログ村 英語ブログへTREview
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posted by yozamruai at 21:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2014年01月25日

2014センター試験英語、英語の重要性の根拠はあるのか?

自分は中途半端な英語学習者(しかも中級)なのですが、少し英語を教える機会があり、

自分が教えた子どもたちの中で今年のセンター試験を受けた子らの自己採点結果を見て、ふと思いました。

筆記、リスニング満点の250点の子もいれば、筆記で100点にも届かない子がいます。

平均すると筆記150点くらいで、比較的頑張っている集団だと思いますが、やはり英語は差が出ます。

例えば私も受けましたが、布団にくるまりながら短時間で解いて確認もしなかったため(←言い訳を列ねるおとなにだけはなるなw)マークミスしたため195点でした。過去5年分受けた感覚でいえば、レベルは例年並みです。


英語とはある地点まで出来るようになった後はそうそう力は下がらないから、受験においては極めて重要な確保できる得点元と言えると思います。

しかし、帰国子女などにとっては極めてチョロい試験でもあります。センター試験レベルならしっかり対策すれば間違いなく満点でしょう。


ここで疑問なのは、そのようなある種アンフェアな科目であるはずの英語が、なぜ受験で最重要得点元になっているかということです。

本当に英語が必要な人は受験生のうち1%くらいじゃないでしょうか?

いや、そもそも大学というものが必要な人は受験生のうち何パーセントくらいなのでしょうか?


英語に重きをおかなければならない状況を作り出しておいて、その根拠が極めて乏しい気がします。

英語というのは言葉です。使う機会があればそれがそのまま重要である根拠となります。

国は教育を変えるんではなく、まず英語を使うような場面、施設、娯楽に金を投資してはいかがでしょうか?
例えばとっぴなアイディアですがフジテレビみたいな局はもう不要と言われはじめているので、海外の局へ売り飛ばして英語放送のみ行うとか、英語に触れる機会を増やす努力をしてこそ、教育の必要性が高まるのではないでしょうか?


私のレベルに教わるような子が満点を取れるということは、努力をすれば現役の学生でもセンター試験で満点は取れます。でも実際の力つぶさにみると、英語はまだまだの子どもたちが実に多いのです。それが日本人にとっての英語の現実なのです。これは教育システムや教員の質、教育メソッドといったミニマムレベルの改革でどうにかなる問題ではありません。本当に英語が必要というのなら、社会の方を変える努力をしてこそ、学生が一生懸命に英語を勉強しなければならない根拠を作り出せるのではないでしょうか。

そういった努力が実を結べば、センター試験を受けるような人(つまり大学へ行ってまで勉強したい人)が英語のセンター試験レベルで半分以下の点数を叩き出すようなことはなくなるはずです。

試験のレベルを下げずに半分も取れない子がゼロになった時が、国が実施する試験がついに大学のためでなく、学生のための試験になったと言える時ではないでしょうか。 |ランキングへ 人気ブログランキングへにほんブログ村 英語ブログへTREview
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posted by yozamruai at 13:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 大学受験 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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