最近の記事
2011年05月05日

研究社から文法復権の兆し 名著復刊にみる母国語の重要性

学校文法については諸説あります。

有効だ無駄だと論争になるのは、おそらく「使える」というレベルまで文法を身に付けるのが、「思ったより大変」という事実に直面して、その事実から逃れるために「赤ん坊のように」とか「英語脳」のようなデマがネイティブとか帰国子女とかちょっと英語の得意な小銭稼ぎ講師の間違った指導の影響を受けたことから来たのではないかと思います。

事実、学校の授業時間と授業を受けている人数の関係から考えても、学校文法を授業でかなり使えるレベルまで身に付けるのは結構難しいです。

自分は高校文法のsvocの時点で意味がさっぱりわからず脱落した者なので(バカなだけともいいますが)、文法嫌いの気持ちはよくわかります。事実、学校で文法を自ら学んだ記憶はほとんどありません(後悔)。全て後追いの独学と一部英語学校によるものです(超大変でした)。

なぜ後追いしたかというと、必要だったからです。英語を「正確に」使う上で間違いなく必要だったからです。

特に海外に行った最中とそのあとに文法を沢山勉強しました。海外にいると確かにそれなりに話せる(英語が口からは出る)状態にはなるのですが、どうしたって正確じゃないし、幼稚な内容しか話せないという葛藤(人格の崩壊、アイデンティティーの喪失ともいえるレベルの葛藤)があったので、それまで既にほとんど知っていると勘違いしていた文法に活路を見出した次第であります。その後は単語とコロケーションのような語法的な部分をしっかり覚えていったら文法と有機的に融合し、日本語の人格と別な幼稚な状態というのは徐々に脱しつつあるように思います。

つまり私個人の体験からすると、文法は確実に必要なものとなります(ブロークンでもなんとなく喋れればいいやということならもちろん話は別です)。


前置きが長くなりましたが、ここ数年英語教育出版界の巨人「研究社」から文法重視の超マジ系のスパルタ系の著書が多く復刊しているように思います。古典的名著って日本語がむずいんだよね。

例えば伊藤和夫氏といえば、読解の神様で有名ですが、英文法教室が復刊しました

少しゆとり向けになった英文法ナビゲーター(それでも英文法系受験書では難関の部類か?)にその立場を譲ったはずの英文法教室がなぜか去年復刊しました。

あとかつては解釈教室と人気を二部したといわれる高橋善昭氏の英文読解講座

これは左右伊藤系というより分解薬袋系に近いといわれてますが、その中間くらいな印象です。


これらの古典系の名著がなぜかここ数年はよく復刊しているんですね、そのほとんどは研究社からですが。読解の本なんて特に、最近の受験レベルを超えているような気がします。

でも復刊されているということは、これは世間に文法復権を望む声が大きいのか、それとも研究社独自の戦略か、はたまたその両方か?


自分は英語は英語でというコミュニカティブアプローチを受けたことがあり、TESOLというのも習ったことがあるので、その有効性は理解していますが、これが日本では正解ではないと感じています。
精神構造上も、性格上も、教室の人数の上でも、コミュニカティブアプローチが実を結ぶにはまだまだ厳しいと感じます。

かといって古来からある文法偏重も正解には思えません。自分も時期的にはオーラルなんてゴミがなかった時代なのでまだ文法も重視してた学生時代だったかと思いますが、先のとおり脱落してるし。
まあしっかり授業やってたらもしかしたら身についたのかもしれないので、一概に文法重視が悪いとは言い切れませんが。


しかし学校で学べる時間が限りがあることを考えれば、高校ではどっかの段階でリーディングかスピーキングかを選択式にしてもいいかもしれませんね。そうすれば各々の人数が減って授業が成り立つかもしれない。基礎が出来上がった段階でどちらかに偏重することで、かなり読める人間とかなり話せる人間の両方を生み出せるかもしれない。両方ってのはよくばりすぎなのかも。受験でスピーキングがない以上スピーキングなんて取るやついないか。


まあその辺は官僚に任せるとして(たぶんダメだけど)、文法は英語学習の段階として必ず通り抜ける場所ではあると思うので、復権はいいことなんじゃないでしょうかね?


ただ、これらのスパルタ系の著書は一様に「国語力」を必要とするんですね。文法、構文、単語と発音が有機的に結合して英語が出てくるという段階の前に、国語力というベースがないとこれらの中で文法や構文といった力を身に付けるのが大変という事実は、日本人の学生にとってはへヴィーと言わざるを得ません。でも麻生さんは日本語(特に漢字)ダメだったけど、英語は得意なんですよね?そうなるとまた話は別ですが、金持ちだからなんか英語の特講を受けられたのかもしれませんね。マンツーで外国人と触れ合う環境がある人はまた話は別ですし。あくまで庶民の話です。

じゃあ日本語力を必要としないスパルタ系以外の読解や文法の著書を見ると、やはり浅い。どう考えても英語自体も浅く英検2級止まりなのです。


そう考えると、この現象はもしかしたら永遠のパラドックスなのかもしれません。日本在住の日本人(外国人と触れ合う機会のない庶民)が「使える英語力」を身に付けるには「高度な日本語力」(通常の大学生〜社会人よりは上の日本語力)がないといけないのかもしれません。


名著の復刊に伴う文法の復権にみる、母国語の枠が大きければ大きいほど、外国語の枠が広がるのでは?という母国語の外国語内包論でした。
スポンサードリンク
|ランキングへ 人気ブログランキングへにほんブログ村 英語ブログへTREview
タグ:grammar
posted by yozamruai at 06:13 | Comment(2) | TrackBack(0) | 英語教材レビュー>Grammar | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
むずいなどという聞くだに汚らわしい言葉を使うのは即刻やめて頂きたい。
何が母語の復権ですか。
己の使う母語の見直しからはじめて頂きたい。
Posted by 通りすがり at 2014年10月12日 10:26
ついでに。
母国語ではありません。
母語です。
Posted by at 2014年10月12日 10:28
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
カスタム検索
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。